宇多田ヒカルさん、「花束を君に」で第58回日本レコード大賞優秀作品賞を受賞!

   2016/12/15

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 公式サイトはこちら

http://www.utadahikaru.jp/

 

最近の宇多田ヒカルさんは夫婦でロンドンにお店を出すというウワサ。

夫のフランチェスコさんのロンドンの友人はこんな風に話す。

「バーは解雇になってしまったが、旦那さんは運がいいよね。ロンドンで二人の店をオープンするみたいだよ。イタリアレストラン? その企画もあったらしいけど、なんだかんだ考案した結果、“和テイストの飲食店に決めた”ということらしいよ。」

 

ふむふむ・・・ですね(笑)。

 

宇多田ヒカルってどんな人?

1983年(昭和58年)1月19日、米国のニューヨークで父親宇多田照實と母親藤圭子の子供として生を受ける。

本名の記載は宇多田光。東芝EMIよりデビューする時に漢字ではどうも堅苦しいイメージがあるといった意見が出たので漢字と同画数の「ヒカル」になったらしい。

画数に徹底した点は、字画診断が良かったことに影響される。

1998年12月9日芸能界デビュー。

1stアルバム『First Love』はトータル売上枚数が765万枚をオーバーし日本全国でこれまでのアルバム売り込みナンバーワンになったほかに2ndアルバム『Distance』の場合は初週での売り上げ枚数が過去歴代ナンバーワンである300.0万枚を記録した。

加えて、2007年取り上げられた「Flavor Of Life」はその当時のデジタル・シングルの販売の部分で全世界の中でナンバーワンを成し遂げた。

『日本ゴールドディスク大賞』「アーティスト(ミュージシャン)・オブ・ザ・イヤー」を

2度受賞のほか『First Love』『Distance』『DEEP RIVER』『Utada Hikaru SINGLE COLLECTION VOL.1』がオリコン年間でアルバムチャートナンバーワンとなっている。

2010年に「ヒューマンアクティビティ」ということで来季以後の活動ストップを公表 、2016年にミュージシャン活動を再スタートした。

ニューヨークの小学校に行っていた時期は2年生から一気に4年生に飛び級していて日本に戻って来て清泉国際学校に行ったのだが芸能活動がNGの学校だったのでアメリカンスクール・イン・ジャパン(ASIJ)に転校する。

ASIJにおいても1学年飛び級していて、コロンビアユニバーシティのバーナードカレッジに進学したが休学の結果として中途で退学した。

2003年に前夫と結婚したが2007年に離婚。

2014年2月にイタリア人の男性と再婚し、2015年7月に2人の子供が誕生したことを伝えた。

2010年にアクティビティストップを宣言した状態に対してはこんなコメントをしています。

「(静かにしている時の内容を『人間活動』と表したのは)感じている内容をひたすら書いても伝わらない傾向が高くて、少ない言葉を用いようと考えた。」

「ひとりの力で暮らしたい。まだ経験したことがないまま生きているから、1人であっても生きられるように変化したい。」

「自信のあることばかりしてもステップアップしないと考えて。もし私みたく、苦手なこと、逃げている部分に向きあいたいと感じている人がいるならば、共に努力しましょう!」

「見られる側と化してからの十数年、次から次へと自身が消え去っていってた。全く自分のこと判らなかったし周囲の人たちのことだって「知ろう」としてなかった。ツライ、淋しい生き方を行ってたのです。まだ年が若い時に気付けてよかったです。皆さんに感謝です」

 

・・・とコメント。このコメントを読むと、彼女の作る歌のメッセージ性の深さがなんとなくわかりますよね。

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「花束を君に」ってどんな曲 

「《涙色の花束を君に》……新曲の歌詞を耳にしたとき私の脳裏をかすめたのは、あの密葬の日、花束を抱えて悄然とたたずむヒカルの姿でした」

 

このように話すのは、宇多田ヒカル(33)を古くから知る音楽関係者。

今年の4月、5年ぶりに、ミュージシャンとして本気で再スタートした宇多田。

連続テレビ小説『とと姉ちゃん』のテーマ歌の『花束を君に』は4月15日より完全版が配信されていますが被害を受けた熊本の皆さんの心も治癒しているとのことです。

 

続けて音楽関係者はこう言っています。

「’13年8月のお母様・藤圭子さんの自殺を、ヒカルは突然に受け入れる事が出来ませんでした。宿泊してたロンドンより日本に帰ってきたのも、訃報より4日たってからです。密葬の時、ヒカルは花束をきちっと胸に抱きしめていたんです」

9カ月後の’14年5月に、彼女はイタリア人の男性と結婚し、それから妊娠した。

「妊娠している最中も、ヒカルは曲作りを徐々に開始していたのですがそう簡単には母親の死から立ち直れず、作曲も難航したわけです」

 

母の一周忌の頃より“母性”といったメッセージを頻繁に使用するように変容していたという宇多田。やがて母となるだろう自分自身、そして自分を残して天国に逝ってしまった母親……

その狭間の中においてもどかしい思いを募らせていた彼女を助けたのが去年6月末に誕生した長男だった。音楽関係者が続ける。

 

「“母親になった”といった認識が彼女に自信を与えたそうなんです。ヒカルは偉大な歌手でもあり、そのうち気持ちのかじ取りができなくなってしまった母・藤圭子にどうにもならない気持ちも胸にしていたんです。それが子供の誕生を経験して、自分を産んでくれ、歌手に達するまでの方角を導いてくれた母へ素直にしっかりとしたお礼を捧げることだってできる様になったのです。」

 

「《愛おしい人愛おしい人どんな言葉並べても君を讃えるには足りないから》など『花束を君に』の中には、いろんな場所にお母さんに対する思慕が秘められてるのです。歌詞のレビューもいろいろ注目されておりますが、何はともあれお母さんへの鎮魂歌なんです」

 

花束を君に


輝く!第58回日本レコード大賞 公式ページはこちら

 

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